トピアリー庭園の発祥
おはようございます。トピアリスト・topiarist宮崎です。
2日目は「トピアリー庭園はどこから始まったの?」です。
昨日ご紹介した『博物誌』の著者大プリニウスの甥である小プリニウスは別荘を所有していました。
彼はその詳細を記述し、これに基づき様々な学者が図面を復元しているのです(『西洋造園変遷史』針ヶ谷金吉著 誠文堂新光社より)。
このことからローマ(イタリア)がトピアリー庭園の発祥といえるのではないでしょうか。
日本において西洋の庭園が広く一般に知られるようになったのは、2000年前後に起きたイングリッシュガーデンブーム。
もしかするとあなたもイギリスがトピアリー庭園の発祥と思っていたのでは?
トピアリー庭園の変遷については、年代をおってまたお話しますね。
写真はフィレンツェから列車で1時間ほどのVilla Garzoni Collodi。
険しい斜面の敷地を活用したイタリア式庭園。
のちのヨーロッパの庭園設計者に大きな影響を与えた名園です。
▲小プリニウスの記述をもとに
復元したラウンティヌム荘の図面
(フーデブール氏による)
『西洋造園変遷史』針ヶ谷金吉著より
▲Villa Garzoni Collodi
急勾配に続く階段
結婚式の写真を撮っていました
▲建物側からみたトピアリー庭園
▲地形を生かした滝